『活力と信頼の国家』を創る

     〜「絆」の社会を目指して〜

 

 

 1.はじめに 〜次期政権の課題〜
(2つの構造変化)
(小泉改革の意義と次期政権の課題)
 

 2.「絆」の社会の再構築
 

 3.人、社会、国のかたちを創る 〜日本をより魅力的な国に〜
 

 3−1.「人」をつくる
(教育の再生)
(社会の支え手を増やす)
(一生涯学べる社会をつくる)
(魅力ある「人」が魅力ある「国」をつくる)
 

 3−2.「社会」をつくる
(少子化への対応)
(格差意識への対応)
(地域の活性化)
(安全な地域社会の確立)
(持続可能な社会保障制度の構築)
(財政の立直しに逃げずにぶつかる)
 

 3−3.「国のかたち」をつくる
(憲法改正について)
(公正・透明で安全な仕組みづくり)
(国際法秩序の維持・発展)
(エネルギー政策の戦略的展開)
(環境問題への取組)
(科学技術のフロントランナーとして)
(アジアにとっての日本の魅力)
(アジアとの「共生」)
 

 4.おわりに

 

 1.はじめに 〜次期政権の課題〜

(2つの構造変化)

 今、我が国は、バブル崩壊の痛手から立ち直り、新たな成長過程に入りつつある。多くの企業は構造改革を終え、自信を取り戻し、次なる飛躍に向けて準備を整えている。新しい日本に向かって歩き出すには、今このときを逃してはならない。

 そうした中、日本は2つの大きな構造変化に直面している。

 1つは、世界的な競争環境の変化である。中国、インド、ブラジル、ロシアなど、BRICsと言われる国々が経済的に急浮上している。我々は何十億の人口を持つ国々と競争し、共存していかなければならない。また、IT化、経済活動の国際化、資源エネルギーや地球環境を巡る状況変化等により、競争条件は刻々と、しかも急激に変化している。

 2つ目は、人口減少社会の到来である。日本の人口は昨年から減少に転じた。少子化のスピードは止まる気配を見せない。2050年に日本の人口は1億人となり、今の人口より2割も少なくなる。しかも、65歳以上のお年寄りの比率は今の6人に1人が、2050年には3人に1人になる。

 しかし、ピンチはチャンスでもある。今後、中国や韓国など含め多くの国も急速に少子高齢化の波に晒される。その中で、日本が真っ先にチャレンジングな状況に突入する。日本がこの大きな構造変化に柔軟に、的確に対応し、世界最先端のモデルを示すことができたとき、日本は世界をリードする豊かで魅力ある「活力と信頼の国家」となる。

 現世代の責任、そして政治の責任として、子供たちの世代に「活力と信頼の国家・日本」を創造し、伝えるため、日本は新たな挑戦を始めなければならない。 
 

(小泉改革の意義と次期政権の課題)

 小泉内閣は、「改革なくして成長なし」という明確な旗印の下、幅広い分野で構造改革を推進してきた。小泉改革は、機能不全に陥ったこれまでの日本の政治や社会の仕組みを根本的に変革する出発点を築いたのである。「創造的破壊」を成し遂げたということができよう。

 破壊のあとには創造が必要である。次期政権の課題は、構造改革の先にある経済社会の姿を国民に明確に示し、それを現実に創り上げていくことである。

 私は、日本が将来にわたって輝き続けるためには、「家族」、「地域」、そして「国民と国家」の「絆」を再構築しつつ、「人」、「社会」、「国のかたち」を戦略性を持って創り上げていかなくてはならないと考えている。それが、「活力と信頼の国家・日本」への道である。
 

 
 2.「絆」の社会の再構築

 「構造改革の先にはどのような社会が待っているのか。」次期政権はまずこの国民の問に答えなければならない。

 我が国を取り巻く厳しい環境を考えれば、今改革の手を緩めることはできず、引き続き構造改革に取り組んでいく必要がある。しかしながら、改革が目指す先は、決して効率性だけを追求する弱肉強食の一面的な冷たい社会であってはならない。

 新しい社会・国家を創り上げていくためには、「古いもの=悪、新しいもの=善」という単純な図式にとらわれるべきではない。私たち日本人が綿々と受け継いでいる価値観を大切に育みながら、新しい価値観を取り入れ、両者をうまく調和していくのである。

 日本人は、隣人とのかかわりを大切にし、皆で支えあって生きていくという、いわゆる「絆」の精神を元来持っている。そうした基盤を更に確かなものにしながら、効率、競争といったものを追求していく。個を確立した個々人が互いに切磋琢磨し、競い合い、個の発現を謳歌しつつも、本来日本人がもっている家族や地域の「絆」の中で支え合っていく。皆が隣人の優しさや温もり、「絆」を感じながら、生きがいをもって活動する。改革の先には、こうした「絆」の社会を築いていくべきではないだろうか。

 もちろんこれは、個々人の主体性や真っ当な利潤動機を犠牲にした滅私奉公的な助け合いを意味するものではなく、旧来型の家父長制的な大家族や隣組的な地域社会を復古させることでもない。新しい形の「絆」で社会を結びなおしていこうということなのである。

 こうした「絆」の社会の中で、国民は、お互いの「個」を敬い、人と人とのつながりを築きながら「公」の精神を新しい形で発揮する。そして国家は、そうした「公」を担う国民の考えを適切に意思決定に反映させ、社会の方向性を決めていく。こうした国民と国家の相互関係が両者の間に信頼の「絆」を再構築していくことになるのではないか。

 阪神・淡路大震災、新潟中越地震、ナホトカ号重油流失事故などの際には、全国から大勢の人々がボランティアで救援にかけつけた。より目を広げれば、地域奉仕や教育現場、企業活動等、国民が「公」を担う動きは既にいたるところで動き始めている。こうした動きが自由に発揮されるよう、NPOや財団等に対する寄附金税制を抜本的に見直し、いわば「『絆』の税制」といったものを構築していくことを提案したい。また、社会人が参加しやすい学校制度や大学、企業が「公」を担うことが市場でも評価されるような仕組みなど、制度環境を整え、後押しすることが必要なのではないか。そして、「『絆』の国民運動」として、国家のリーダーたるものが中心となり、様々な施策を一体的に展開・推進していくことが重要である。
 

 
 3.人、社会、国のかたちを創る 〜日本をより魅力的な国に〜

 このような「絆」の社会を基盤として、豊かで魅力に富んだ「活力と信頼の国家」を創るためにはどうするか。創造的破壊としての小泉改革に続いて、新しい国家の創造をどのような戦略で進めていくのか。これが国民の次なる質問であろう。その答えは、「人」、「社会」、「国のかたち」、この3つを創り直していくことであると考える。

 我が国は、人口減少社会となる中で、世界的な競争に勝ち抜いていかなくてはならない。そのためには、日本の国としての魅力を高め、世界中のヒト、モノ、カネ及び情報を惹きつけることが必要である。海外から見て、公正で透明なルールの構築などはそうした意味で不可欠である。

 しかし、外国の人々、企業からみて魅力的であるためには、まずそれ以前に、日本人が誇りと生きがいをもって生きていける国、国民から信頼される国であることが求められよう。皆さんと一緒に、「人」、「社会」、「国のかたち」を、足元から創り直していきたい。新たな創造によって、大きな構造変化の中にあってもしっかりと成長していける経済社会を築くことができるのである。

 この成長は民主導のものだが、単に市場メカニズムの中での拝金主義的な成長ではない。国民一人ひとりの能力が十全に発揮され、地域社会の活力の中から生み出される柔軟で地に足の着いた持続性のある成長でなければならない。国家は、成長率の数字だけにとらわれていてはならない。改革の先にある社会を見据え、国民の声を吸い上げながら、成長を支える柔軟で活力ある経済社会構造を構築しなければならない。
 

 
 3−1.「人」をつくる

 日本の魅力を高めるために最も力を入れるべきことは、「人」をつくることである。それが政治の基礎である。

 日本人はもともと勤勉で文化水準も高く、礼節を重んじる国民である。我々はこれまで信頼できる社会システムを構築することで、こうした日本人の特質をうまく引き出すことによって社会や経済を発展させてきた。しかしながら、90年代の経済の低迷、それに伴うリストラなど働き方の変化、求められる人材像の変質、日本をとりまく状況の変化、国際競争の激化は、多くの日本人の自信を失わせ、これまでの働き方にも教育の在り方にも疑問が投げかけられるようになった。

 だからといって欧米流の教育や働き方をそのまま移植すればいいとは私は考えない。我々はここで一旦立ち止まり、本来存在する日本人の素晴らしい本質を最大限に引き出し、その魅力を最大限高めるべきではないか。

 例えば、技術や能力を磨き、人と人とがお互いに競争し、あわせて協調することを通じて、各々が持つ個性が伸び伸びと発揮され、元気な日本が実現する。資源のない日本にとって、勤勉でよく働き、チームワークが得意で応用力に優れた国民性は貴重な財産であり、これを今後とも育んでいかねばならない。
 

(教育の再生)

 そのためには、教育が最も重要な役割を果たす。

 我が国で教育の危機・荒廃が叫ばれて久しい。教育の再生こそ、次期政権が真っ先に取り組む課題である。今も全国の小学校で漢字や九九の学習で行われているような徹底的な反復学習を義務教育全体にわたって行い、まず基礎として覚えるべきものは確実に覚えさせることによって基礎的能力を引き上げる(「読み書きソロバン世界一プロジェクト」)ことがまず第一であり、そうした土台の上に、詰め込み教育ではない、自分で考える力・生き抜く力を養う教育、現実の社会を見据えた教育を目指す。あわせて、スポーツ、科学技術、文化、政治・経済などあらゆる面で、専門性や創造性の涵養を図り、世界の舞台で活躍する国民を育てていく必要がある。これには、サッカーやフィギアスケートにおいて行われているような、極めて優れた素材を見出す体制の整備、そうした素材に英才教育なかんずく世界レベルの実戦経験を積ませる仕組みの構築、優秀な指導者を組織的に育成する体制づくり等をそれぞれの分野で行っていく必要があるだろう(「野口さん&イチロー育成プロジェクト」)。

 その際重要なことは、「個」を尊重しつつも「公」の精神を大切にする日本人を育てることである。

 そして、教育の質を高める努力を不断に進めていかなければならない。そのためには、真にそれぞれの地域が主体となって教育を担っていくことが必要ではないか。私が子供のころは、例えば、いたずらすれば町のおじさんにおこられたり、怪我をしたら近所のおばさんに絆創膏を貼ってもらったりして、地域の人々の眼差しの中で、いわば地域に育てられたという気がする。現在は、核家族化が進み、こうした町ぐるみ、地域ぐるみで子供を育てていく環境が失われつつある。であればこそ、地域・町と学校とが一体となって子供の教育を担っていく制度設計が必要となると考える。基本的なカリキュラムなど教育の根幹は国として責任を持ちつつ、学校理事会などの制度を工夫しながら取り入れ、家庭や地域が学校運営に積極的に参画し、地域や環境に応じた独自の取組を行うこと、地域の眼差しの中で子供を育てる工夫をしていくことが教育の質の向上に繋がるのではないか。

 また、社会人を含む多様な教員を採用し(「絆学校」)、逆に教員も社会に出て実社会の経験を積む(「先生修行制度」)ことも必要だろう。大学も今以上に、社会人の講師を増やし、社会人教育や産学連携を強化し、社会との関わりを深めることが求められる。
 

(社会の支え手を増やす)

 活力を秘めた日本人は若者に限られない。女性や高齢者がその能力を最大限にいかして働ける日本らしい環境整備を図るべきではないだろうか。

 20代後半から30代にかけて働き続けることをやむを得ずあきらめる女性が多い。育児休業がとりやすく、職場復帰しやすい環境を整備する。また、育児が一段落して再就職を希望する場合、再就職先としてはパート、派遣などが多くなる。非正規労働と正規労働の労働条件の均衡をいかに図っていくかが課題である。

 高齢者が、支えられる側から支える側にまわれば、持続可能な社会保障制度を築く上で大きな力となる。したがって、働く意欲と仕事をする能力がある高齢者の方々には、できる限り長く働いていただく、「生涯現役」が可能な社会を目指していくべきである。そのためには、労働政策の面で、「年齢に基づく処遇」の改革と、高齢者の能力開発の支援が必要である。具体的には、定年制の廃止を見据えて70歳までの雇用確保措置を徹底し、企業の雇用インセンティブを高めるため、年功型賃金を改めて貢献度に応じた賃金体系を広めるべきである。企業が退職間近の社員の能力開発費用を積極的に増加させた場合に法人税を軽減(教育訓練費の増加に関する法人税額の特別控除制度を拡充)し、社会の支え手を増やす企業の努力を国も前向きに支援する。高年齢者の能力開発のための各種助成制度も思い切って拡充する必要がある。また、社会保障政策の面では、高齢者が実際に働き続けられるよう、生活習慣病対策等により健康寿命を延ばしていく。こうした施策を通じて、60歳から64歳までの高齢者の労働力率(働いている方の割合)を、今後20年間で、男性で現在の70%から85%に、女性で40%から60%に引き上げていきたい。
 また、高齢者が地域社会の中で生き生きと活躍できるようにするには、必ずしも雇用という形にとらわれる必要はない。教育、スポーツ指導、育児、介護など様々な場面でボランティアの形で地域社会に貢献していくことができる。このため、こうした活動をサポートする拠点づくりや、新たな資格の創設、税制上の支援措置等を通じて、地域のNPO等のボランティア活動を活発化させ、シルバー人材センターのマッチング機能の強化により、高齢者のノウハウを地域において活用しやすい環境を整備することが求められる。
 

(一生涯学べる社会をつくる)

 以上のような取組みによって社会の支え手を増やしていくためには、同時に、個性や能力、性別や年齢に応じた多様で柔軟な教育を受ける機会が提供されなければならない。
 40代、50代の方で、これまで仕事や生活で培ってきた知識・経験・技術を改めて体系的に学問として学びたいと考えておられる方は多いと思う。例えば、高い技術を持った中高年の方が経営学等の知識を補い中小企業への再就職や自らの起業に生かす、長年身内の介護をされた方がそれをビジネスにするためのノウハウを学ぶなど、様々なニーズがあるはずである。また、これまで続けてきた趣味について、真剣に取り組み、ボランティアとして活用したいという方もおられるのではないか。育児等の事情で止むを得ず職を離れた女性で職場復帰を予定されている方の中には、復帰の前に学び直しをしたい、或いは子育ての過程で考えたこと・感じたことをきちんと勉強したいという方も多いと思う。
 残念ながら、現在の日本ではこうした方々のニーズを受け止める土壌は十分ではない。これに対し、ニーズがあるのであれば、いずれは民間がビジネスとして行うはず、と考える人もいるかもしれない。しかし、人口減少社会が既に現実のものとなり、更にその勢いを加速させている中、こうした声に一刻も早く応えていくのは、政治・行政の責任であると私は考える。
 例えば、大学は何も若者だけを対象にした教育機関ではない。国公立大学は、こうしたニーズに応える講座を積極的に設置するなど、パイロットとしての役割を担うべきではないか。大規模な大学でなくとも、地域でコミュニティースクールを創設してもよい。また、一定の知見・経験をもたれた方を対象としているのだから、インターネットやコンピューターをより積極的に活用した学習機会の提供を、モデル的に試行していくことも考えられる。
 

(魅力ある「人」が魅力ある「国」をつくる)

 このように、誰もが幾つになっても働くことができ、また学べることができる社会を創り、更にこうした個人の努力の積み重ねによるキャリアや能力が、帰属組織ではなく、個人のものとして評価される、「褒める」社会の仕組み(「『世界に一つの花』キャンペーン」)や価値観が醸成すれば、一人一人の人間が様々に生き生きと活躍できる社会が実現する。
 私は、これこそが今後の日本を活力のある魅力溢れる国とする途であると考える。
 

 
 3−2.「社会」をつくる

 現代の日本においては、家族や地域社会のありようが大きく動揺している。個人のライフスタイルが多様化し、核家族化、都市化や過疎化が進行、相互扶助を基本とする伝統的な家族観、社会観が崩れ、新たな価値観を見出せずにいる。

 その結果、子育て、教育、お年寄りの介護、そして身の回りの安全確保などが非常に難しくなってしまった。家族、地域の「絆」の中で、人々がお互いを尊重し、支え合っていく。そうした「絆」の中で、人を育て、地域を守り、国をかたちづくるということがなければ、人口減少、少子高齢化社会の中で、経済社会のシステムを維持・運営することはできなくなってしまう。「活力と信頼の国家」を創り上げるためには、「活力にあふれた持続可能な経済社会・地域社会」、そして「安全・安心な社会と暮らし」が必須である。
 

(少子化への対応)

 少子化対策は、直ちに官民を挙げて全力で対応していくべき課題である。その際、もちろん子供を産み育てやすい仕組みを整備することは重要であるが、次世代の国民を立派に育てていくこと、それ自体が素晴らしい営みであるという価値観を社会全体が実感し共有していなければ、せっかく築いた仕組みも「絵に描いた餅」になりかねない。こうした国民全体の意識の面に国として働きかけることも必要である。

 制度や仕組みを考える際も、多少の予算を付けるといった場当たり的な対策ではなく、地に足を着けて、なぜ子供を産めないのか、もしくは産まないのかという、本質に迫らなければ実効ある対策を講じることはできない。

 少子化の原因として晩婚化が挙げられるが、現実に生涯結婚しないことを望む若者は非常に少ない。それでは、なぜ彼らは結婚に踏み切らないか。若者が置かれている労働環境をみれば、安定した仕事に就いているが深夜まで働くことを余儀なくされるものがいる一方で、家族を養っていけるだけの経済力が得られない不安定な雇用にしか就けない者がいる。これでは結婚からは遠ざかるばかりである。長時間労働をいかに減らしていくか、安定した雇用機会をいかに提供するかという労働問題の解決が少子化への対応の第一歩である。

 子供を望んでいる夫婦は多く、その数は最低でも2人という夫婦がほとんどである。しかし、不妊症により望んでも子供ができない夫婦がいる。こうした方々については、不妊治療に対する保険適用の範囲を拡大することや、不妊治療に対する周囲の理解を深めることなど、不妊治療を受けやすい環境の整備が必要である。

 また、前述のように、育児休暇がとりやすく、子供を産んでも安心して元の職場に戻れるなど出産・育児によって女性がキャリアパスの大きな変更を強いられることのない職場構造の実現を図り、企業とともに、「ママさんのいる職場キャンペーン」を展開していくことが必要である。

 公立の学校が荒廃して、私学に入れるのに何百万円も払わなければいけない場合には、何人も子供を産むということ自体非現実的のように思われる。こうした現実に対応するため、一人ひとりの子供の学習ペースを細かく把握し、それに応じて設定された「一歩前進カリキュラム」といったものを丁寧に与え、指導することによって、塾に通わなくても子供の能力を最大限に伸ばしてくれる公的教育の充実が不可欠となる。

 また、核家族化など社会の変化を踏まえた育児支援を行うことも重要である。例えば、地域団体、医療機関、警察、行政等により子育て支援のネットワークを組織し小学校区ごとに「地域子育て支援センター」の設置を行っていき、育児に対する不安を地域全体で和らげることができる。何より、地域全体で子供を育てるという発想が重要である。

 税制改革の中でも、子育て世帯に支援を集中できるよう、「子宝税制」を導入することが考えられる。所得税を納めている子育て世帯については、高額所得者ほど有利になっている現在の扶養控除を見直し、所得が低い子育て世帯により手厚く配慮できる税額控除の仕組みを導入する。また、所得税を納めていない子育て世帯には、児童手当により支援を行う。税制面と歳入面とを一体的に捉え、子育て支援を切れ目のないものとすべきである。

 実効ある少子化対策を進めていくには、夫婦、若者、女性の声に耳を傾け、様々な要素を一つずつ検証し、国、地方自治体、企業が連携し、対策を講じていかなくてはならない。
 

(格差意識への対応)

 私は格差が現実に存在しているかどうかという議論に立ち入るつもりはない。問題は、「勝ち組」「負け組」といった言葉に象徴されるように、人々の意識に社会を二極分化、対立の構図でとらえる意識が見られ、そして、多くの人が自分の置かれた立場に自信をなくし、自らが社会的に不当な立場に置かれていると思っていることなのだと思う。自らが社会的に正当に評価されていないと感じている人々は、なかなかその社会に対して貢献しようという気持ちにならない。

 個人が社会からきちんと評価される環境を醸成していくことは、社会をつくる基本である。バブル崩壊による雇用悪化のしわ寄せを最も受けたのは、「若年者」である。15〜24歳層の完全失業率は2003年に10%を超えた。また、限られた雇用機会の多くは、不安定で労働条件の悪い非正規労働となった。こうした状況の中で生じた、フリーター、ニートといった問題にみられるように格差の固定化は人々の生きる意欲を低下させるものであり、それを防ぐことは重要な課題である。

 現在、企業が積極的な人材確保に動き出し、来春の新卒採用数がバブル期並みになるなど、若年者の雇用改善の動きが明確になっている。雇用の「量」の拡大に加え、雇用の「質」を向上させる絶好のチャンスが到来したといえる。この機会を捉え、新卒者だけでなく、就職氷河期に希望する就職に恵まれなかった世代も含めて、「フリーター25万人常用化計画」などにより安定して雇用機会を提供する。また、機会があっても就職に踏み切れないニートに対しては「若者自立塾」「地域若者サポートステーション」等により、きめ細かな対応をしていくべきである。

 こうした若年者の雇用の「質」の改善とともに、パートや派遣といった非正規労働と正規労働の労働条件の均衡を図ることも課題である。この問題は、前述のように、主として女性に関わる問題であるが、男性でも10人に1人はパートであり、非正規労働者の労働条件向上には強力な対応が求められる。

 更に、格差を固定化しない社会構造をつくる基盤として、労働市場の流動化を進めることも重要である。そのためには、帰属組織単位の評価ではなく、個人単位で能力・キャリアが評価される社会の仕組み、年金のポータビリティを高めるといった制度的問題の手当が必要だろう。企業の人事制度の柔軟化といった価値観や経済的な要因に起因する部分にも働きかけていくことが必要である。
 

(地域の活性化)

 健全な地域社会がなければ健全な国はない。「シャッター通り」という言葉に象徴されるように、地域が滅びれば、それは国の荒廃につながっていく。

 地方を回り地元の声に耳を傾けると、いかに大都会に富を吸い寄せられ、将来展望が描けない地方・地域が多いことか。地域の本音を受け止め、地域の活力を本当に取り戻すことが、今こそ求められている。

 このような地域をもう一度立ち直らせるためには、従来型の財政出動に頼るのではなく、地域の住民が自ら創意工夫を凝らし、魅力と活力のある地域を実現することが重要である。そのために、私はあらゆる角度から対策を講じていきたい。その中でも、私は以下の4つの取組が、次期政権の重点課題になると考えている。

 一つ目の課題は、地域の人材発掘・育成である。地域の経済社会を活性化させるためには様々な取組の核となる人材を得ることが不可欠である。地域で優秀な人材を育て、その人材をその地域で活躍させる、また他の地域から人材を惹きつけるにはどうすれば良いのか。地域社会が教育により深く参画する、地域の企業などでの職業体験を通じて子供たちに自分のふるさとへの思いを強く植え付ける、地域の大学等と連携する中からその地域に根を下ろす若者を育てる、そして特に重要なのは、女性と高齢者の力を引き出すことだろう。女性、高齢者は地域に根を張り、地域に対する問題意識も高く、貴重な戦力となり得る。フルタイム勤務でない柔軟な就業形態を取り入れるなど、潜在力を引き出すための様々な工夫が考えられる。

 二つ目の課題は、地域の自然、歴史、伝統、文化、風土といった地域の良さの再発見・活用である。日本全国それぞれの地域は、それぞれに素晴らしい魅力に溢れているが、その魅力を地域活性化のために十分に活かしきれていないところも多い。地域の人々が自ら自分たちの住む地域の魅力を再発見し、それを活性化の資源と明確に位置づけ、「まち自慢むら自慢運動」として、戦略的に外に向かってにアピールしていかなければならない。

 三つ目の課題は、地域の産業・企業の振興である。言うまでもなく、地域の活性化のために、経済的な基盤の確立は極めて重要である。地域の人材、資源をフル活用して、地域の産業・企業を振興し、地域住民の雇用、所得を確保することは、活性化にとって不可欠である。このために、真に必要となるインフラの整備も考えていく必要がある。 

 四つ目の課題は、地域コミュニティーの再生である。これは、上述の3つの取組全ての基礎であり、「地域の絆」の再構築そのものでもある。教育、子育て支援、高齢者介護、防犯、更には経済活動についても、地域に住む人々が有機的に支え合っていくことは、社会・経済の効率の面からも、人々の精神的な充実の面からも重要である。

 例えば、農村など一次産業の盛んな地域において、農道や農業用水の更新や維持管理に農業の担い手と地域住民とが一体となって取り組むことにより環境整備を図っていく。そうした地域の振興策を強化することで産業基盤とコミュニティーの双方を確かなものにしていくことが考えられる。

 また、自治体やNPO等が主体となって「絆銀行」といったものをつくるというアイデアもあるのではないか。これは、地域の小学校での課外授業や社会人向けのコミュニティースクールでの講師、ベビーシッティング、幼児の一時預かり、高齢者介護、防犯パトロール等に費やした時間を「絆銀行」に預金し、預金者がその後子供を預かってもらったり、介護を受けたりする際には、この預金を取り崩して支払うといった一種の地域通貨のような仕組みである。

 私は、こうした地域における活動の担い手、受け皿を育てていく観点から、NPOや財団等に対する寄附金税制を抜本的に見直していきたい。例えば、寄附金優遇税制の対象となる認定NPO法人の認定期間の延長、個人住民税の寄附金控除の対象や金額制限の緩和、住民の方々が主役となって「コミュニティー計画」を策定し、地域を活性化させるための公共的な活動に取り組まれる際に、こうした活動に対して寄附をした個人や企業が所得税や法人税等の優遇措置を受けられるような仕組み作りなど、いわば「『絆』の税制」といったようなものの導入を提案したい。これにより、小さな善意も大切にし、世のため人のために志をもった人が働きやすい税制に変えていきたい。

 地域の活性化において、地方自治体の果たす役割は重要である。

 我が国においては、支出ベースでの国と地方の比率が約4:6となっており、連邦制の国は別として、先進諸国と比べて地方政府の果たす役割が大きいという特徴がある。他方、地方の歳出については、まだまだ国による義務付けや基準付けが行われているものが多く、地方分権に向けて地方の創意・工夫が生かせるよう、地方に対して権限の移譲がより積極的に行われる必要がある。

 また、マクロで見た地方財政は、国の財政状況より改善しているが、地方の個々の自治体を見るとまだまだ厳しい状況が続いており、地方での不安感に拍車をかけている。増収で潤う都市部の自治体とそれ以外の自治体とで税収の偏在が生じていることが原因である。

 国の厳しい財政事情と既に全体として地方へかなりの財源移譲が行われていることを踏まえれば、地方自治体の間で、税収の偏在性是正に取り組むことが現実的である。

 このため、個人住民税については、かなりの部分を「ふるさと共同税」とする提案をしたい。「ふるさと共同税」は、個人住民税の一定割合を、人口等のわかりやすく客観的な基準に基づき、地方自治体間で配分するものである。また、税収の一部について納税者が配分先の自治体を指定できる仕組みも考えられる。これにより、税収の偏在を縮小し、都市と地方とがお互いに対立し合う関係ではなく、支えあっていく関係を築くことを目指すものである。
 法人住民税と法人事業税の地方自治体間の配分を見直すとともに、地方交付税の配分方法について見直し、小さくても努力する自治体が報われる仕組み、恣意的でない透明な仕組みを創り上げなくてはならない。
 

(安全な地域社会の確立)

 日本が誇っていた良好な治安が、近年危機に直面している。刑法犯認知件数は昭和期の倍の水準にあり、一方で検挙率は低水準にとどまっている。経済社会の将来にわたる発展のためには、国民が安心して暮らせる環境の構築が不可欠である。

 近年における治安悪化の大きな原因の一つとして、私は、地域の「絆」の弱体化があると考えている。日本の「安全神話」は、労することなく確保されてきたものではない。地域社会における住民同士のつながりやそれを前提とした防犯活動が我が国の治安を支えてきた面は大きい。近年、警察官の増員など政府も様々な対策を講じているが、政府の取組だけで犯罪を防ぐことはおよそ不可能であろう。前述したように地域コミュニティーの再生が不可欠である。

 実際、地域の実態に即して活動している防犯ボランティア団体の役割は大きい。こうした団体の活動と、警察がもつ防犯に関する情報・ノウハウとが有機的に結びつき、一体となった取組を進めていく必要がある。(「みんなで守るゾーン作戦」)
 

(持続可能な社会保障制度の構築)

 国民の「安心」は、活力の源泉であり、国家に対する信頼の基礎である。世界に冠たる国民皆年金、皆保険制度は、この国民の「安心」の重要な支えになっており、今後とも、堅持する必要がある。私は、社会保障の分野で、米国のような「小さな政府」は目指さない。同時に、将来に負担を先送りし、子や孫の世代に不安を残すような社会保障制度であってはならない。今後、高齢化の進展に伴い、世代間・世代内の公平を図りつつ、国民が真に必要とする給付については、これを将来にわたり確保していくということが極めて重要な課題となる。このため、必要な給付の水準と財源の関係について、現実を直視しながら、きちんと考えなければならない。

 年金については、一昨年の改革により、長期的な給付と負担の均衡を確保する枠組みを構築した。年金制度について考える上で、残された課題は二つである。
 第一に、基礎年金国庫負担割合の引上げである。先般の年金改革において、税制改革により安定した財源を確保し、平成21年度までに2分の1にまで引き上げることについて国民に約束している。私は、消費税を含む税制改革に正面から取り組むことにより、これを実現しなければならないと考える。
 第二に、少子化に歯止めをかけるための抜本的な対策が必要である。前に述べたように、若者の労働環境の改善、「子宝税制」の導入、不妊治療に対する保険適用範囲の拡大、「地域子育てセンター」の設置など、総合的な少子化対策を推進していく必要がある。
 あわせて、被用者年金制度の一元化や社会保険庁改革を着実に実施し、年金に対する国民の公平感、信頼感を確保しなければならない。

 医療については、国民が、全国どこでも必要な医療の提供を受けることができるようにしなければならない。
 医療費の水準は、高齢化の進展の影響を強く受ける。このため、医療保険制度が国民にとって必要な役割を将来にわたり果たし続けるためには、公的保険でカバーすべき範囲(すなわち、国民の保険料や税金の負担で賄う範囲)をどこまでとするか、自助で対応していただくべき範囲をどうするかなど不断に点検を行うことは避けられない。国民に自助努力をお願いする上では、税制上の支援措置なども充実させていく必要がある。
 現在、医療の担い手である医師の地域間、診療科間の偏在が大きな問題となっている。医師の偏在を是正するため、地域の精力的な取り組みを促すとともに、国としても、制度、予算、診療報酬等様々な側面から医療提供体制の整備に取り組んでいかなければならない。

 介護については、昨年の改革において、介護予防の推進など、制度発足以来、初めてとなる大幅な見直しを行ったところであるが、今後とも、地域や家庭の機能との調和も念頭に置きつつ、真に必要な部分に資源の集中投入を考えていく必要がある。その際、ボランティアの積極的な活用も考える必要がある。

 社会保障については、将来世代に持続可能な制度を引き継いでいくことが国民の安心につながる。長期的な視野に立ち、給付と負担のバランスを意識した制度設計を行うことが必要である。
 

(財政の立直しに逃げずにぶつかる)

 先般の「骨太の方針」では、債務残高の対GDP比を安定的に引き下げていくことが財政再建の本質であること、2011年を目途として今後5年間、具体的な歳出削減策を実行するため、血のにじむような努力を続けていかなければならないこと、そして、基礎的財政収支の黒字化ですら、歳出削減だけでは達成できず、今後、歳入改革の具体的な議論を行わなくてはならないこと、が示された。

 しかしながら、「骨太の方針」の大きな問題は、2010年代半ばの債務残高GDP比の安定的引下げに向けた具体策が全く示されておらず、財政健全化の道筋が不透明だ、という御批判をいただいていることである。

 2011年の先、2010年代半ばに向け、更にどの程度の改革努力が必要となるのか。この点について政治が口を拭っていては、国民の将来に対する不安を払拭することはできず、責任ある態度とは言えないのではないか。本当のことを皆さんは知りたいと思っているのではないか。臆することなく、逃げずに、国民に改革の具体像を語ることが政治の責任だと考える。

 増税は誰もが避けたい。増税の幅をできるだけ小さくするために、できる限りの努力をしなければならないことは当然である。しかしながら、国の歳出のうち、国債の元利払いを除くと、半分近くは、年金、医療、介護等の社会保障関係費であり、これは、削れば削るほど良いという性格のものではない。

 社会保障関係費は、制度の見直しを進めるとしても、高齢化の進捗に伴い、国・地方ともに益々増大すると見込まれている。また、平成21年度までに基礎年金の国庫負担割合を2分の1まで引き上げるための安定した財源を確保しなければならない。更に、今後、国を挙げて少子化対策に取り組むための経費も必要になってくる。

 このような社会保障関係費を、次世代に負担を先送りすることなく、安定的に支えていくための財源を確保することは大きな課題であり、早急に手を打つ必要がある。

 我々は、互いに支え合う「社会」の中で生きている。支え合うということは、弱者を支えるために、国民皆で負担するということであり、これがまさに社会保障の役割である。私は、国民の安心を確保し、信頼と活力ある経済社会の基礎を築いていくためには、将来的にも充実した社会保障制度を維持・堅持していくことが不可欠であると考えている。そして、多くの国民も社会保障制度の安心を維持するための負担であることを明確にするならば、相応の負担を受け入れてくれるのではないか。

 私は、政治家として、消費税を社会保障のための財源と位置づけ、2010年代半ばまでのできるだけ早い時期に、少なくとも10%の税率とする必要があると考える。消費税は、少子化が進む中で勤労世代に負担が集中せず、国民全体で広く公平に負担するという税金であり、社会保障の財源として最も適していると考えるからである。

 他方で、社会経済情勢の変化等を踏まえて、消費税に限らず、所得税、法人税、相続税等を含め、少子化対策、寄附金を通じた社会貢献の促進、国際競争力の確保など時代の要請に応える税制改革も考えていかなければならない。活力と信頼の社会を支える税財政のグランドデザインを描く必要がある。
 

 
 3−3.「国のかたち」をつくる

 国民は国家に何を期待しているのだろうか。それは、「安心」であり、「安全」であり、国民が生き生きと働き、暮らしていける経済社会環境の醸成であろう。今の日本国家は、その国民の期待にどこまで応えられているだろうか。もちろん、国民全員が満足することは困難であるが、国民の真のニーズを的確にくみ取り、政策に反映させていく努力を続けることこそ、国家に対する国民の信頼となり、国家の活力となり、「国のかたち」を創っていくのではないか。政治も行政も更に一層、国民との対話を深め、努力していき、「信頼の国家」を創り上げていきたい。

 「信頼の国家」を創り上げるとき、「公」意識の変革も必要である。我々は、「官」と「民」、「国家」と「国民」を対立概念で捉えがちであり、「官」と「公」を同じ意味合いで使うことも多い。しかしながら、国家と国民が抱える様々な課題への対処は、政治家や行政、いわば「お上」だけが担えばいいというものではなく、国民一人ひとりが参加し解決していかなくてはならないはずである。かつては家族や地域社会で行っていたことを、今は何から何まで「官」が引き受けている。私の目指す新しい社会では、国民は「公」の意識を持って、積極的に「公」の役割を果たし、一方で、国家は国民の考えを適切に意思決定に反映させ、社会の方向性を決めていく。こうした国民と国家の新しい「絆」を構築していくことができないだろうか。

 家族、地域の「絆」を土台にした国民と国家の「絆」によって、人、社会そして国をかたちづくることで、世界から見た日本の魅力は自ずと高まってくる。それが、我が国の存在感、国際競争力につながり、世界の中での日本を考える基盤となる。この基盤の上に立って、国際社会が直面する諸課題に、世界との共生を考えて取り組んでいくことこそ、日本のイニシアティブを高めることにつながる。
 

(憲法改正について)

 「国のかたち」を規定する最も大切な法規範が憲法であることは言を俟たない。憲法改正については、自民党の案が示されるなど議論が進んでおり、これを更に進めるため、国民的な議論が必要である。日本の憲法は、硬性度が高いことから、具体的改正プロセスに乗せるためには工夫が必要であり、大きな議論を踏まえる一方で、現実的なステップとして合意が得られるところから改正を行うことも考えられる。

 憲法の議論として忘れてはならないのは、国の統治機構をどう考えるかという点である。90年代の小選挙区制の導入、2001年の省庁再編、今回の裁判員制度の改正など三権それぞれ大きな改革が行われてきており、これは憲法に規定されている統治機構の在り方そのものを見直す時期に来ているということの表れではないか。
 大きく捉えれば、引き続き構造改革を進め、意思決定のスピードアップを図るためには、行政権のトップである総理のリーダーシップを強化すべきであり、それをチェックする国会の機能も充実させる必要がある。そして強い行政権と立法権が対立した場合には、解散し民意を問う。このようなダイナミックな構造の中で、発生する弊害を事後的に救済するために実効性のある司法権が必要となる。
 こうした三権の大きな枠組み・機能を再定義し、憲法に反映させることが必要である。

 憲法と集団的自衛権との関係については、日本にとって極めて重要な判断を要することから、便宜的な解釈によって対応すべきではなく、正面から憲法改正により解決すべきだと考える。その際、国際法秩序の維持・発展という観点から、どのように日本の役割を規定していくかという議論を深める必要がある。

 憲法改正の議論に当って、何より重要なことは、国民の参加意識である。憲法については、国民の基本的人権を守るため国家権力の発動を抑制するものであるとの考え方が強調されがちであるが、同時に、国民が主権者として国家の意思決定に参画することを保障するものである。国に対して、「口出しせずに放っておいてくれ」ということではなく、「みんなでやろう」という気持ちで参加していく意識がなければ憲法も活きてこない。
 

(公正・透明で安全な仕組みづくり)

 国民の国家に対する信頼を維持し、日本の国際的な信頼を高めるためには、日本が国際的な犯罪や脅威に対して断固たる態度で取り組み、また、公正で透明なルールを構築し、監視する体制を築くことが必要である。北朝鮮のミサイル問題や拉致問題に対する対応は言うに及ばず、サイバーテロへの対策、BSEや鳥インフルエンザへの対応、不法滞在外国人による凶悪犯罪の取締りなど、様々な取組を強化していかなくてはならない。

 また、日本経済の健全な発展のためには、それを支える健全な市場の育成が不可欠である。金融市場の制度整備と不正監視・摘発を進めるとともに、行き過ぎた株主至上主義に陥ることのないよう、CSRや企業倫理などの重要性を強調したい。
 

(国際法秩序の維持・発展)

 グローバル化の進んだ今日の国際社会においては、ヒト・モノ・カネ及び情報の移動が活発になり、政治・経済・社会・文化等あらゆる分野において国境を越えた相互依存関係が強まっている。米ソ冷戦時代には、争いごとは戦争で解決するしか仕方がないという風潮があり、安全保障こそが国家の最大の課題であると考えられていたが、近年、様々な国際機関や条約が発展してくるにつれ、新たな国際法秩序の枠組みをどのように発展させていくべきかが課題として認識されつつある。

 すなわち、単に自国の安全の確保だけでなく、人類が英知を傾けて発展させてきた国際法秩序をどう発展させていくのか。それに対して日本はどう対応していくのかとの問いが突きつけられている。世界第2位の経済規模を有する我が国として、主体的、戦略的に国際社会と関わり、国際法秩序の維持・発展に貢献していかなければならない。
 

(エネルギー政策の戦略的展開)

 昨今の原油価格高騰は、我が国や世界の持続的な経済成長にとって大きな脅威となりうる。この背景として、地政学的な不安定要因の高まりと、新興経済国をはじめとする世界的な需要の増大傾向がある。さらに、気候変動問題や核不拡散問題など、エネルギー政策の在り方に影響を及ぼしうる国際的な議論も活発化している。エネルギー政策は、大きな曲がり角に来ている。
 エネルギーを巡る「新帝国主義」の到来を未然に防止するために、世界レベルでのエネルギー安全保障の仕掛けづくりを模索しなければならない。日米同盟を基軸としつつ、欧州、中国、インド、ブラジル、ロシア、サウジアラビアなど、世界のエネルギー政策の構築に責任と能力を有する主要国(ステイク・ホールダー)が集う「戦略的対話と協調のメカニズム」を新たに構築することにより、各国間のゼロサム型の不毛な対決を回避し、ひいては我が国のエネルギー安全保障の最適解を導きだせると考える。
 日本は、二度の石油危機を乗り切り、世界でもっとも効率的な省エネルギー・新エネルギー国家を実現した。また、唯一の被爆国として、核不拡散にも留意した原子力政策を推進することで、エネルギー問題と気候変動問題の同時解決を進めてきた。いわば我が国は、人類共通のゴールである安定的で持続可能なエネルギー政策を実現するためのリーダーの資格が備わっている。
 これまでのエネルギー政策路線を国内でしっかり維持しつつ、さらに上記のようなメカニズムの中で地球規模で発展させることが、日本と世界の共存共栄の戦略である。
 

(環境問題への取組)

 環境問題は、かつての産業型公害から、地球規模のものへと変化し、グローバル化した対応が求められるものとなっている中、日本が議長国となった京都議定書の締結のような地球規模での取組が推進されている。また、地球温暖化、オゾン層破壊、リサイクル、危険物質など、いずれの問題においても、イノベーションが重要な鍵を握っている。日本は環境技術において、世界の最先端を走っており、今後、環境分野で国際的、地球的な貢献ができる余地が大きい。まずは日本が率先して模範を示し、日本のシステムを世界に普及させることを通じて、環境問題における世界のリーダーを目指すべきである。
 

(科学技術のフロントランナーとして)

 人口減少社会と国際的大競争の中で、資源のない日本が魅力ある国であり続けるためには、技術革新で最先端を走り続けることが必要である。このため、人づくりにとどまらず、企業、大学、研究所などが常に技術革新を追求するインセンティブを持てるような社会を作っていくことが必要である。研究者が報われる仕組み作りや社会のニーズを研究ニーズに還元する仕掛けを考えていくことも必要であろう。

 しかし、日本だけが科学技術で繁栄すればいいというわけではない。科学技術は人類共通の財産を築く知的活動であり、科学技術をつうじて世界をリードするとともに、国家の枠組みを越えて、世界に貢献できる国を目指すことを忘れてはならない。環境問題にとどまらず、人類が抱える様々な課題に答えるために科学技術は生かされるべきであり、そうした観点から日本の科学技術政策全体を見直していく必要がある。

 環境、バイオ、宇宙、海洋、ナノテク等、人類が関わる領域が広がり、人類の価値観、倫理観が問われる時代にあって、いかに国境を越えた取組みを進めていくか。共同利用できる研究拠点作り、大学の更なる国際化、外国人研究者の受入れや日本での海外支援、更には科学者会議の主催、アジアの「知のネットワーク」作りなど、世界と関わる中で、人類共有の財産づくり、その信頼を担う世界のリーダー育成に貢献することこそ、日本の世界における存在感を高めることにつながる。
 

(アジアにとっての日本の魅力)

 アジア各国には多様な民族、宗教、文化、言語が存在し、政治体制や発展段階が大きく異なるが、日本の輸出、輸入の40%以上はすでに東アジア向けとなっているなど、近年、政治・経済・文化的な相互依存関係は緊密性を増している。

 日本は現在でも、アジアの人々にとって魅力ある国である。日本の高い科学技術に裏打ちされた最新の電気製品(デジカメや薄型テレビ)や化粧品、鮨、天ぷら、ラーメン等の食物、日本の歌手やスポーツ選手、ファッション、九州の温泉や北海道の雄大な風景などは、多くのアジアの人を惹きつけている。

 また、そうした物質的な魅力だけでなく、奈良・京都、仏教美術に表れているような、伝統に根ざした精神的な世界の魅力も多くのアジアの人々を惹きつけているのではないだろうか。すでに、日本はアジアに対し、日本人がフランスやスイスに感じる魅力に近いものを、発信しはじめているのではないか。日本人として、自分達がこうした魅力を発信していることに、まず自覚と誇りを持ってよいのではないだろうか。

 アジアに向かって、こうした日本の魅力を更に発信していくためにはどうすればよいのか。例えば、アジアの次世代を担う若者に日本を曇りのない目で見てもらうことも有効だろう。一度でも日本に来たことがある人は、日本人が勤勉であること、日本が安全で暮らしやすい国であることがよく分かるはずである。アジアの学生を短期間自宅にホーム・ステイさせるような取組みを制度化し、促進していきたい。(「見てよ・行こうよ・学ぼうよ・日本」キャンペーン)
 
 また、例えば、シンガポールの国立大学では、学生の一定割合を奨学金付きで海外から募集している。優秀な人材が卒業後シンガポールに残ることを目的とするものであるが、こうしたプログラムを日本でも取り入れることはできるのではないだろうか。(「学ぼうよ日本奨学金」)

 私は、こうした取組みを進めることにより、アジアを中心とした諸外国からの留学生を、現在の12万人強から、2010年代初頭までに倍増させることを目指したい。これにより、アジアの未来を担う若者たちが切磋琢磨し合い、お互いの理解を深めてもらうとともに、日本の大学を知のるつぼと化し、世界の多様性の中で活躍できる人材を育てていきたい。
 

(アジアとの「共生」)

 今後の日本の外交にとって、引き続き緊密な日米関係が基軸であるべきことは当然である。自由主義、民主主義という共通の価値観に立つ同盟国として、両国の関係をこれまで以上に、真に発展・強化させていかなければならない。その上で、アジアとの共生は日本にとって極めて重要である。今後とも対話を通じ相互理解と相互信頼を深化させるとともに、ASEAN諸国などを戦略的パートナーとすることを含め、アジア域内の共通利益を拡大していくことが必要である。また、大国として近年ますます存在感を増してきているインドとの関係を深めていくことも重要である。

 アジアは世界の中の成長センターとして注目を集めており、私の所管する通貨関係では、日本が中国人民元をどう見ているかについてしばしば米国から質問される。今後、アジアとのつながりを強め、「アジアのことは日本に聞けばよくわかる」と欧米から受け止められる関係を築いていくことが、日本の外交戦略として必要ではないかと思われる。また、現在、私はIMFにおけるアジア諸国の発言権向上のために、努力をしている。国際機関において、その中でのアジア諸国の地位や発言権の向上に努めることにより、日本のイニシアティブを高めていくというアプローチが重要ではないかと考える。

 北朝鮮を巡る安全保障上の問題にいかに取り組んでいくかは言うに及ばず、近年、東アジアにおいて、首脳のリーダーシップの下、地域が一体となって取り組むべき問題は目白押しである。

地震、津波、新型感染症等をどう予知し、予防していくか

域内の自由貿易をいかに推進していくか

エネルギー価格上昇の中、石油等の資源をいかに安定的に開発・確保するか

食料、環境問題にどう取り組んでいくか

世界的金利上昇の中で通貨危機の再発予防の枠組みをどう強化するか

首脳同士が腹を合わせて時にはホットラインで話し合いつつ解決していく姿勢が重要である。

 特に、中国、韓国とは、お互い欠くべからざる関係であることを認識し合い、東アジア全体の発展という大きな視点から、必要があればすぐに直接意見を交わせるよう、アジアホットラインを構築する必要がある。そうしなければ、諸問題の真の解決は望めない。

 その障害になっているのは、靖国参拝問題である事は否定できない。靖国神社の問題は基本的に国内問題であり、日本が独自の立場で主体的に判断すべき事柄である。この判断に外国の意見を直接関連させるべきではないことは当然である。
 この問題を考えるに当たり、さきの大戦について、我が国としてどう総括するか、今一度国民的な議論が必要であると強く感ずる。日本国民自身が歴史を振り返り、冷静に議論し、そこで得られる様々な事実や意見を咀嚼していくことが不可欠である。
 靖国神社の問題は日本が主体的に判断すべき事柄ではあるが、その際、様々な点を総合的に判断することが必要である。日本の国益を考える上で、日本の外交もその中に含まれる。

 あえて相手国の国内政治や国民感情を刺激しないよう配慮することは外交上必要であろう。また総理の立場にある限り、心の問題と行動の区別は海外では理解されにくいことも考慮しなければならない。

 心の中で慰霊の気持ちを持つことは極めて大事で自然なことである。しかし、総理として行動することにより、対中・対韓関係を悪化させ、更にアジア地域において日本のイニシアティブを低下させることは避けなければならない。私は、このままでは、大きな国益を損なう恐れがあることを、国民に訴えたい。私は、総理になった時には、靖国参拝を控えるつもりである。

 東アジアにおいて、首脳のリーダーシップの下、この地域が一体となって取り組むべき問題が目白押しであることを踏まえれば、中国、韓国にとっても、日本との関係改善は急を要すると考えられる。また、中国、韓国とはそれぞれ二国間の対話を進めるとともに、日中韓の三国のコモン・アジェンダを一緒に話し合い、アジア全体での取り組みに貢献していくとともに、二国間の対話の糸口にしていくという視点も重要である。

 日本と中国、韓国との関係改善に近道はないと考えている。これからも生じてくる様々な問題に、双方が解決策を見出していくためには、それぞれの国民が様々なレベル、分野で交流し、お互いを理解していくことが基礎になる。両国がそれぞれ戦略的判断と健全なナショナリズム、言い換えるなら、自国の歴史や伝統に対するおおらかな自信を基礎とした相手国への理解が必要である。

 幸い、日本と中国、韓国の民間レベルの交流は、これまでの歴史上最も盛んで深いものとなっている。首脳外交での関係改善が図られ、両国首脳が先頭に立って交流を促進することができれば、日本と中国、韓国の関係は未来を見据えた建設的なものとなっていく。それこそが首脳の責務である。

 中国、韓国とは、隣国として長い歴史があり、これまでもいろいろな問題があり、これからもいろいろな問題が常に発生するだろう。しかし、お互いに欠くべからざる関係であることは避けようがない。首脳同士が腹を合わせて話し合い、未来に向けて解決していく姿勢こそが重要である。

 国民の皆さんと一緒に、胆力を持って、アジア外交の正常化を目指していきたい。
 

 
 4.おわりに

 「家族」、「地域」、そして「国民と国家」の「絆」を再構築し、「人」、「社会」、「国のかたち」を戦略性を持って創り上げる。国民が誇りと生きがいをもって生きていける、国民から信頼される豊かで魅力にあふれる国を創る。そして、国際法秩序の維持・発展に努め、アジアとの共生を図ることによって国際社会の信頼を勝ち得る。

 このような大きな課題を実現するためには、やはり国民皆が国の将来を我がこととして捉え、「みんなでやろう」という気持ちで努力していかなくてはならない。そして、そうした意識そのものが「絆」であり、「国のかたち」となるのである。

 構造改革の先にある「絆」の社会、「活力と信頼の国家・日本」を築き上げていくために、国民の皆様と力を合わせ、全力を尽くしていきたい。
 

 
 
 
 

 

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